大判例

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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2166号 判決 1974年6月11日

控訴人 免田栄

被控訴人 国

訴訟代理人 大内俊身 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

当裁判所は、次につけ加えるほか、原判決と同じ理由で、控訴人の本訴請求は原判決認容の範囲で正当として認容すべく、その余の請求は失当として棄却すべきものと判断するので、原判決の理由をここに引用する。

(1)  原判決書二六枚目裏三行目の末尾に「なお、請求原因三の5の事実は<証拠省略>により認められる。」を同二七枚目表五行目から六行目にかけて「主張するけれども、」の次に「<証拠省略>をもつてしても右の事実を認めるに足りないし、そのほか」を、同一〇行目中<証拠省略>の次に<証拠省略>をそれぞれ加える。

(2)  別紙控訴人の主張について

(イ)  第一について

控訴人は、まず原判決添付別紙第二記載の(1) の鉈が現存すれば、これを鑑定することにより被害者の血痕が附着したことのないことを明らかにすることができ、その結果右の鉈は白福事件の兇器でないことが証明され控訴人と白福事件の結びつきが断絶することが明らかである。そうすると、本件鉈の鑑定結果はこれを証拠として再審請求をしたときこれが認容されると信ずるに足る相当程度の蓋然性を有することになり、この点に前記鉈の再審証拠としての価値があるというが、本件に現われた全証拠を仔細に検討するも前記鉈が存在すれば控訴人主張の内容の鑑定結果を得られることを認めるに足りない。従つて、控訴人の右主張はその前提を欠き採用できない。また、控訴人は、その他の証拠物である原判決添付別紙第二記載の(3) ないし(5) 及び(7) の衣類(上衣、チヨツキ、マフラー、軍隊手袋)についても、現存すれば鑑定資料その他再審請求の資料の一部としてそれぞれ相当の価値を有するものであるというが、本件に現われた全証拠を精査するもこれを認めるに足りない。更に、本件証拠物に関し血痕附着の有無の点を除いてみても、刑事第一審裁判所である熊本地裁八代支部においては前記証拠物のうち(1) 、(2) 、(5) 、(6) 、(8) については証拠調べを行なつたことは当事者間に争いがなく、右刑事第一審判決は右証拠物の存在することを前提としてなされたものであり(なお、控訴人が再審請求における明白性と主張する鉈の形状と被害者の受けた割創との関係についてはすでに刑事第一審裁判所において審理を尽くしたうえ、右刑事判決が言い渡されていることは<証拠省略>により明らかである。)右の証拠物の存在自体につき控訴人が再審請求をするにあたつてその主張の主要な要因をなすものとは考えられないから、控訴人が再審請求をするにあたり、その証拠として前記証拠物の存在しないことをもつて、控訴人の再審請求権が侵害されたものということはできないのである。仮りに控訴人において右証拠物の現存することにつき再審請求に対する何らかの期待をかけていたとしても、右のように前記証拠物が現存するも、再審請求のための資料として無罪の判決をうる蓋然性がとぼしいのであるから、控訴人のいう再審請求への期待はたんに主観的なものにすぎず、控訴人の主張する期待権はとうてい法律上の保護に値する権利とはいえないのであつて、これが紛失をもつて控訴人の権利を侵害したものということはできない。次に、控訴人は、右証拠物の紛失は控訴人の再審請求を妨げるための謀略としてなされたと主張するところ、右証拠物のうち(3) 及び(7) を除く各物件については第一審刑事判決確定後、熊本地裁八代支部が熊本地検八代支部に引き継ぎ、同地検支部係官が右五点の物件のうち、(2) 、(6) 、(8) を昭和三八年控訴人に還付したが、(1) 及び(5) の物件は所有者の承諾をえないでこれを廃棄したことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>によると同地検支部は、右五点の物件につき、昭和二七年二月及び昭和三〇年三月の二回にわたり控訴人を収監している福岡刑務所に対し控訴人から所有権放棄書を徴して送付するよう嘱託したこと、右昭和三〇年三月の嘱託書には控訴人から右五点の物件の返還請求があつたが、いまだに事件記録が最高裁判所から送付がなく、押収物は末処理であり、かつ押収中の物件は血痕附着のため腐蝕し物の用にたつとは思われないから、本人にその旨を含めて、もし不用なら所有権放棄書を徴して送付するよう記載されていたことが認められ、右嘱託に前後して控訴人がその請求原因第三項で主張するように五回にわたる再審請求をしたことは前示認定のとおりであるところ、前記昭和三〇年三月の嘱託書に記載された事実については、<証拠省略>によると、最高裁判所第三小法廷は昭和二九年五月二一日熊本地裁八代支部に対しその取寄照会につき本件刑事記録は最高裁判所になく法務省刑事局総務課で保管中の旨回答し、熊本地裁八代支部においては右の回答により同年五月二四日右法務省刑事局総務課に対し記録の取寄の嘱託をした事実が認められるけれども、熊本地検八代支部において当時刑事記録の返還を受けたことを認めるに足る証拠がないから、たまたまその記録が最高裁に存在する旨を記載したからといつて故意に虚偽の事実を記載したものとは認められないし、また押収物は血痕附着のため腐蝕して物の用にたつと思われないと記載したことについては、右証拠物に血痕が附着していなかつたことは前示説示のとおりであつて、この点に関する嘱託書の記載は事実と相違するけれども熊本地検八代支部においては証拠物の所有権放棄をもつぱら控訴人の意思にかからしめていたことは同嘱託書の記載並びに<証拠省略>によつて認められる。控訴人において右第一回目の所有権放棄の嘱託に対してこれを拒否し、同第二回目の嘱託に対し還付請求をしている事実などから明らかであるから、たとい、嘱託書の記載に事実と相違する点があるからといつて、そのことから直ちに被控訴人が右嘱託書に記載された物件を控訴人の再審請求を妨げる目的で滅失せしめ、あるいはその紛失を糊塗しようとした被控訴人の謀略によるものと推定することはできないし、そのほか、この間に右の措置が控訴人の再審請求を妨げる目的でなされたことを認めるに足る証拠もないから、これが紛失によつて控訴人の感情を害することがあつたとしても、そのような感情の侵害はいまだ法律上保護すべき感情利益が侵害されたものとはいうことができないので、控訴人のこの点に関する主張は採用できない。以上、控訴人の被控訴人の謀略による証拠物の紛失を理由とする期待権ないし感情利益の侵害に基づく主張は理由がない。

(ロ)  第二について。

控訴人は、原判決添付別紙第二の(4) 、(7) の物件につき被控訴人にも管理責任があると主張し、先ず、控訴人は現行刑事訴訟法上事件送致により捜査主体が司法警察員から検察官に移転し、しかも全証拠送致主義の立前から事件送致は身柄、書類、証拠等を含む従来の一切の捜査状態の包括的移転であり、司法警察員は送致事件につき検察害の指揮下に入り、従つて、個々の証拠物が現実に検察官の手許に入つたか否かにかわりなく、事件送致を受けた以上、検察官は証拠物の管理義務を負担するのは当然であると主張する。しかし、現行刑事訴訟法のもとでは検察官と司法警察職員はそれぞれ独立の捜査権限を有し、両者の関係は場合により前者が後者に対して指揮および指示をする関係にあるが、基本的には協力関係にあるという立前であり、事件送致後においても司法警察職員は送致事件について捜査権限を失うことなく、ただ送致を受けた検察官の指揮に服するというにとどまる。従つて、全証拠送致主義の立前にもかかわらず、現実に検察官に引き継ぎされなかつた証拠物については押収権者たる司法警察職員において引き続きこれが管理責任を負い事件送致を受けた検察官はこれが管理義務を負担するものではないと解すべきである。ところで前記各物件が証拠品として検察官に送致された事実が認められないことは前示引用の原判決認定のとおりであつて、控訴人はこの点につき、全証拠送致主義の立前から事件送致により一切の全証拠が移転したものと推定され、この推定は法律解釈に基づく事実上の強い推定であるというが、事件送致に関する現行刑事訴訟法の規定が右の推定を認めたものと解するいわれはない。また、控訴人は、白福事件については現行刑事訴訟法施行後においても人吉市警は従前どおり検察官の指揮を受けて捜査を実行し、前記各物件の押収も熊本地検八代支部検察官がみずから捜査する必要上刑事訴訟法一九三条三項に基づき右署員を指揮してなさしめたものであると主張するけれども、前示引用の原判決認定のようにこれを認めるに足りない。もつとも、旧刑事訴訟法のもとでは検事は捜査についての主宰者であつて、司法警察官吏は検事の行なう捜査について補佐または補助をするに過ぎない立前であつたので、仮りに、昭和二四年一月一日から現行刑事訴訟が施行された後においても、施行直後は白福事件の捜査を担当した司法警察職員が旧刑事訴訟法的捜査の感覚から脱し切れず、検察官から捜査につき事実上指揮ないし指示を受けていたとしても、既に説明した現行刑事訴訟法の立前のもとでは、右の指揮ないし指示は検察官と司法警察職員の協力関係にもとずく助言と認めるのを相当とする。なお、たとい、仮りに前記各物件の押収が現行刑事訴訟法一九三条三項に基づく検察官の指揮によりなされたものと解しても、司法警察職員の行なう押収が検察官の指揮に基づくという理由により、法律上検察官みずから司法警察職員を単なる補助者いわゆる手足として行なう押収に変わるいわれはないのであるから、前記各物件の押収においてもその占有を取得したものは押収を行なつた人吉警察の司法警察職員であり、同司法警察職員は指揮した熊本地検八代支部検察官に現実に前記各物件の引き継ぎをするまではその保管責任を負担し、指揮した同検察官は現実の引き継ぎを受けない限り管理義務を負担するものではないと解すべきである。

次に、控訴人は、検察官は公益の代表者として公訴権遂行のために押収物を管理保全する立場にあるのであるから、押収物の証拠価値の有無により法定の管理保全義務の範囲が左右されることはあり得ないと主張する。しかし、司法警察職員のなした押収による証拠物件については押収を指揮し又は事件送致を受けた検察官に現実に引き継がれるまでは検察官に管理義務がないことは既に説明したとおりである。そして、検察官は公訴を提起し遂行する職責上証拠物件の証拠価値の有無程度を個別的に検討し証拠調を請求するか否かを決定する権限を有するものであるから、現実に引き継ぎを受けなかつた証拠物件があるときは右の決定をする必要上これを保管する立場にある司法警察職員をしてこれを送致せしめる権限がある反面、証拠価値に乏しく証拠調の請求をする必要がないと認められる証拠物件についてまでこれを送致せしめる義務はないものというべきである。以上、説明したとおり、熊本地検八代支部の検察官は人吉市警の司法警察職員の押収した前記各物件につき控訴人の主張するような管理義務ないし管理保全義務を負担するものではないから、同検察官において前記証拠品につき管理保全をしなかつたからといつて、同証拠品の措置につき検察官に過失があるものとすることはできないので、控訴人の右の主張はいずれも理由がない。

したがつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用は敗訴の当事者である控訴人に負担させることとして、主文のように判決する。

(裁判官 久利馨 井口源一郎 舘忠彦)

別紙<省略>

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